サステイナビジョン下田屋毅氏に質問!――CSVとネスレの人権に関する取り組み:前編(2014/5/6)
スイス・ネスレ本社の公共広報マネージャーと直接対話された下田屋毅氏に、「CSV」の定義やネスレの人権に関する取り組みなどをお伺いしました。前編・後編に分けてお届けします。(質問者:CSR革新室 渡邉ゆかり)
参考:CSVの元祖、ネスレの包括的CSRプログラムとは――下田屋毅の欧州CSR最前線(37)
―日本では「CSRからCSVへ」という表現が一時期トレンドのようになりましたが、それは本来のCSRとは異なるという意見があります。3月に発表された「CSRとCSVに関する原則」には下田屋さんも発起人として参加されていますね。
CSVの定義について、マイケル・ポーター教授等が唱えるCSVと、欧州でのCSVも同じなのでしょうか。
この「CSRからCSV」ですが、2011年1月にハーバード大学マイケル・ポーター教授等が提唱した「共通価値の戦略」の論文の中に「CSR→CSV」が掲載されています。
マイケル・ポーター教授等がこの中で定義する「CSR」は、アメリカ国内の一般的なCSRのイメージである「慈善事業・寄付活動」「価値を重視しない」「企業利益とは無関係」というもので、「CSV」はそれにとって替わるものとして、「社会的価値創出から経済的価値を生み出す」「競争に不可欠」「利益の最大化に不可欠」などと定義し、企業戦略と競争上で優位に立てるものとして位置付けられています。
一方欧州の「CSR」と「CSV」の定義は、欧州委員会が2011年10月に「CSRに関する欧州連合新戦略」として発行したもので、この中でCSRは「企業の社会への影響に対する責任」と短く定義されています。
これを補足する説明として、「適用される法律や労働協約の尊重は前提条件」であり、「社会」「環境」「倫理」「人権」「消費者の懸念」を企業活動の中核戦略に統合すべき、とされています。
そして「株主、広くはその他ステークホルダーと社会の間で共通価値の創造(CSV)を最大化すること」「企業の潜在的悪影響を特定、防止、軽減すること」を実施する、つまりポジティブな影響を大きくし、ネガティブな影響を少なくするという2つの方向で推進すべきとしています。
「ステークホルダーに対するポジティブな影響を大きくする」という部分が欧州CSRの定義におけるCSVです。
整理すると、マイケル・ポーター教授のCSVの定義はCSRから進化したものとして位置付け、欧州のCSVは、CSRの一部のポジティブな影響を大きくするという部分を実行するという位置付けとなります。
マイケル・ポーター教授等のCSVの定義は、企業戦略上、社会的便益の創出とともに経済的便益をつくり出し、競争上で優位に立ち、収益の拡大を目指すというものですので、ポジティブな側面によりフォーカスされたものとなっています。
欧州CSRの定義をベースに「CSR→CSV」を考えてみると、CSVは欧州のCSRの定義のポジティブな部分を実施するのみで、「企業が与える悪影響を軽減する」という部分、つまり企業が人権侵害などの悪影響を与えるネガティブな要素をフォローする必要があります。
この点から、CSVの実践だけではなく、包括的なCSRのアプローチが必要ということです。
―アメリカは慈善事業が盛んだといわれるように、「CSRは利益と無関係」という一般的なイメー
ジは今も根強いのですね。
そもそもCSVはネスレのCSRを差別化するための言葉であり、ネスレがマイケル・ポーター教授にCSVの名称の使用を薦めたとのことですが、ネスレとマイケル・ポーター教授はどういった関係なのでしょうか。
ネスレは、外部のCSRの専門家11人からなる共通価値の創造(CSV)諮問委員会を組織しているのですが、マイケル・ポーター教授はその諮問委員会メンバーの一員です。
ネスレは、自社のCSR活動の一環としてCSVを2006年から実施しています。このときCSVという名称を他社のCSRとの差別化を図る意味で最初に使用し始めました。
そしてネスレの現会長、ピーター・ブラベック・レッツマット氏が、マイケル・ポーター教授に、ネスレのCSVを広く知ってもらうということも含め、この名称の使用を薦めた経緯もあるそうです。
―そうでしたか!その背景は日本ではあまり知られていないと思います。
とすると、今CSVを掲げている企業は、ネスレを真似していることになってしまいませんか。
ネスレのCSVは、マイケル・ポーター教授等が提唱しているCSVとは少し違う定義付けがされているため、そういうわけではないと思います。
マイケル・ポーター教授等のCSVは、「CSRからCSV」というCSRに替わるものとしての位置付けですが、ネスレのCSVは、「ネスレの社会ピラミッド」というCSRを包括的に表す3段構造の一部として位置付けられています。
一番下が「人権とコンプライアンス」、二段目が「環境サステナビリティ」、そして一番上にくるのがCSVです。CSRの基本となる2つの土台にCSVが支えられています。
またこの「ネスレ社会ピラミッド」の中には入っていませんが、「ネスレの人材(Our People)」において、重要なステークホルダーである従業員に対して、「安全衛生」「ジェンダーバランス」「多様性」「若年層雇用」「研修」「労使関係」などの項目で、従業員が働きやすい職場環境を整えることをコミットメントしています。これらの活動を通じてネスレのCSVは、CSRの包括的なアプローチの中で実施されているのです。
その他、例えば、マイケル・ポーター教授等は「フェアトレードでの購入」をCSRの定義の中に入れやや否定的に位置付け、それに代わるものとして調達方法の変更が「良い品質と収穫量の確保に結びつく」CSVである、としているのに対して、ネスレは「フェアトレードでの購入」もCSVの中に位置付けています。つまり、それぞれの企業がどのように自社のCSR活動、CSV活動を定義付け、位置付けをするかということが重要なのではないかと思います。
―なるほど、一安心です。それでは次にネスレの活動についてお聞かせください。(後編に続く)
下田屋 毅氏
Sustainavision Ltd. (サステイナビジョン)代表取締役。英国ロンドンに拠点を置き、CSRコンサルティング、CSR研修、CSR関連リサーチを実施するとともに、日本と欧州とのCSRの懸け橋となるべく活動を展開している。
ビジネス・ブレークスルー大学非常勤教員(担当:CSR)国際交流基金ロンドンCSRセミナーシリーズ(2011/2012)プロジェクトアドバイザー。
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