バリューチェーンに潜む強制労働のリスクを見抜くには
国際労働機関 International Labor Organization (ILO)が定義する強制労働( forced labour)とは、暴力や威嚇の下に強要された労働もしくは債務労働や身分証明書の剥奪、入国管理局への告発を脅されるなど巧妙な手口により労働を強いられる状況を指している。
ILOとウォーク・フリー財団(Walk Free Foundation)による最新レポート「現代の奴隷制の世界推計:強制労働と強制婚姻(Global Estimates of Modern Slavery: Labour and Forced Marriage)」では、民間セクターにおいて世界中で1,600万人が強制労働を強いられていると推計している。このうち、性別を問わず半数は返済できる望みのない借金による強制拘束で搾取されている。強制労働に限ってみると、アジア太平洋地域では1,000人あたり4人が搾取の対象となり、最も発生率が高くなっている。
民間セクターで横行する強制労働に対し、企業は事業活動の全般にわたって強制労働の実態解明と削減さらに予防策を講じるよう求められている。
- 規制の強化: 2015年に英国が現代版奴隷法を制定したのに続き、フランスは2017年に「警戒義務づけ法」を採択した。香港でも同様の取組みに向けて協議が続いている。この流れを受け、オーストラリア政府も先日現代版奴隷法を導入することに関する調査に乗り出したところである。
- サプライチェーンの透明性の強化: 市民団体からの懸念に加え、投資家からも環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクに対する分析を求める声があがり、新たな規制に対する企業の対応策を注視している。企業の取引先も倫理的調達の徹底に向けて、さまざまな規定を導入している。
このような流れを背景に、企業はサプライチェーン全般にわたり透明性を高め、強制労働のリスクを理解し、違反行為が発見された場合に対応策を講じるよう圧力が高まっている。しかしながら、サプライチェーンのあらゆる段階で効果的な方法で取組みを進めている企業は多くない。
移住労働者が歩む道のり
強制労働のターゲットになりやすい移住労働者の中でも、特定のコホートは搾取されるリスクがより高くなっている。問題を理解するには、労働者が歩む道のりを理解しなければならない。国を超えて、あるいは国内で移住する労働者は搾取に対して脆弱な立場にある。
「雇用前」から「移住前」、「雇用」そして「帰還」までの一連の道のりで、以下の取組みを進めるには全ステップで労働者の参画とコミュニケーションが重要である。
- 強制労働の状況下にあると思われる労働者の数を特定することでリスクを評価する。
- 強制労働のリスクをもたらす根本原因を理解するためにその主要因を特定し、これをサプライチェーンのリスク管理と社内の意思決定に適用する。
- 安全で倫理的な移住を支援するため、人権および悪質な人材募集の手口について労働者を啓発する教育プログラムについて情報提供を行う。
これまで、労働者の参画は主に「雇用」のステップに集中していたため、それ以外のステップに関連するリスクは見逃されるか過小評価されてきた。企業が個別にリスクの特定に乗り出したとしても、各地域の現状の把握や当事者からの回答を手に入れることが困難な場合が多い。このため企業のバリューチェーンが抱えるリスクを解明するには、NGOや業界あげての取組みと協働することが不可欠なのだ。
労働者の参画に向けた新たなアプローチ
エレベイト社のレイバーリンク(Laborlink by ELEVATE)は、工場現場レベル、さらには雇用されたコミュニティ、そして出身地の移住労働者を携帯ネットワークでつなぎ、匿名でアンケートを実施するマルチサイトの参画型戦略を構築した。移住労働者が歩む道のりの各ステップに潜むリスクを特定し、サプライチェーンに潜む課題を顕在化させるには、このマルチサイトのアプローチが不可欠である。このアンケートの質問事項は、ILOの「Hard to See, Harder to Count」調査ガイドラインと一貫性のある内容となっている。

レイバーリンクが先日発表した最新の「強制労働レポート(Forced Labor Report)」では、労働者の参画について本アプローチによる主要な発見事項を網羅している。工場現場と雇用されたコミュニティ、出身地で行った労働者アンケートを活用したさまざまなプログラムから具体的な事例研究も盛り込んでいる。インドとネパールで50のコミュニティと工場現場において調査を行い、2018年にはマレーシアで少なくとも30か所で調査を展開する予定である。主なクライアントにはターゲット、ボーダフォンとアムネスティ・インターナショナルが名を連ねている。

労働者への調査から以下のような結果が挙げられる。
- 新たな洞察: 調査結果の分析から、強制労働の主要因を特定し、危険な状態にある労働者の人数を把握することで強制労働の撤廃に向けた予防策を優先的に講じる。
- コミュニティに根差した調査方法: 労働者の移住を引き起こすコミュニティの実情をより詳細に把握するため、レイバーリンクはコミュニティに根差した調査を展開し、細かい補足的な情報収集の徹底を図った。
- 地域のNGOとのパートナーシップ: レイバーリンクは調査結果をサプライヤーおよび地域のNGOと共有し、強制労働のリスクの把握と軽減に一丸となって取り組むことを目指している。NGOへのデータ提供により、なぜ労働者は農村部を離れるのかを理解し、労働者が抱える脆弱性を特定することで、課題に対して最適なプログラムの構築を支援している。NGOは企業と協働して、調査の分析結果を盛り込んだ教育トレーニングを展開することもできる。
- 行動し、報告する: 企業はこの新たなデータと労働者に関する洞察を活用し、社内の意思決定層に新たなリスクについて周知し、社外のステークホルダー向けに透明性を高め、現代版奴隷制についてサプライヤーに対して啓発トレーニングを広げていくことが有効である。
企業にとっての意味合い
世界中でサプライチェーンの透明性について要件が厳しくなる中、特にアジアにおいて移住労働者と強制労働のリスクについての議論は続くだろう。企業がサプライチェーンの可視化を効果的に進め、社内の意思決定と倫理的調達に向けてサプライチェーン全般に潜在する強制労働のリスクを見抜くには、労働者の参画に向けた新たな手法やアプローチが不可欠となる。
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本稿へのご協力について、エレベイト社・レイバーリンクのコミュニケーションおよびマーケティングマネージャーのデイビッド・コーラー氏に感謝いたします。
- 携帯テクノロジーを活用することで、労働者側の匿名性を保ちつつ信頼性のあるフィードバックを構築することができる。
- 強制労働に関するデータの大部分は地域もしくは国レベルであり、新たに制定された報告要件の遵守を阻んでいる。
- NGOとの協働により、教育と予防による問題解決につながる。
- コミュニティに根差した調査方法により、現場で見過ごされがちな脆弱な立場にある人々ともリンクすることができる。
- 労働者の参画を図ることで、詳細な分析と実態の解明が可能となり、年次報告書の拡充につながる。
- 調査データを活用し、効果的な教育プログラムと携帯メッセージの作成を支援する。
エレベイト社(ELEVATE)のレイバーリンクは双方向のコミュニケーションを可能とする携帯プラットフォームである。労働者側はリアルタイムで意見を共有し、企業側はサプライチェーンで働く労働者の現状について透明性を確保することができる。2010年以来、レイバーリンクの技術は16カ国で活用され、世界全体で100万人以上の労働者とのリンクを果たした。
全容解明を確実にする | 報告要件を満たす | 予防と教育 |
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東南アジアにおける責任ある企業同盟(RBA)とプログラム
ウォールマート財団支援のもと、RBA財団とエレベイト社は「責任ある職場および人材採用プログラム」をマレーシアの様々なセクターを対象に2018年に展開していく。これまで成功を収めてきたパイロットプログラムの「Workplace of Choice」を基に、本プログラムは労働者の権利について啓発し、労使間の意思疎通を図り、労働環境の改善に向けて労働者の声を集約・発信し、強制労働につながる問題の軽減を図っていく。レイバーリンクの調査やホットライン、労使間のコミュニケーション、さらに労働者の啓発についてのプログラムを網羅している。 RBAプログラムに関するご質問はメリッサ・カラハ―までmcaraher@elevatelimited.com
執筆:アンジェラ・フルシャム
CSRアジア週刊ニュース日本語翻訳版
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