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The GRI Perspective:マテリアリティの狂気、なぜ定義が重要なのか

※本記事は、GRIから許可を得て、翻訳・掲載しております。 Copyright: Global Reporting Initiative (GRI). This content was created by GRI and has been republished with permission from GRI.***

証券監督者国際機構(IOSCO)のアシュリー・アルダー議長は最近、「ISSBの気候変動基準はインパクトを無視しない」 と述べました。この比較的悪意のなさそうな文章は、サステナビリティ報告において財務マテリアリティのみに焦点を当てたIFRS財団の立ち位置から転換することを意味するのかどうか、混乱を招きました。国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)も、EUと同じように「ダブルマテリアリティ」に移行し、企業の財務上のリスクと機会だけでなく、企業活動が経済、環境、人々に与えるインパクトにも焦点を当てるようになるのでしょうか。

ISSBが真のインパクト報告に到達する野心を持っているとは到底考えられないため、現時点では不必要に議論を大きくしてしまっているように思います。ISSBが参考にしている、TCFDやVRF(SASBを含む)、CDSBなどの既存の開示ガイドラインは、いずれも投資家向けの財務マテリアリティにのみ焦点を置いています。GRIは、企業報告を取り巻く環境において、余分な労力をかけることなく「インパクト」という切り口を補うことができる、唯一の信頼できるパートナーです。

アルダー氏がこのように発言したことは、インパクトの真の意味と、それがサステナビリティ報告におけるマテリアリティの概念とどのように関連するかを、明確にする必要性を強調する結果となりました。

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マテリアリティは、企業報告の世界における重要な概念であり、情報開示の準備と監査人による検証の両方において役割を担っている。マテリアリティは、報告企業にとって重要性がある、またはそうあるべき情報を「選別」するために使用されます。特定の情報が、ステークホルダーの意思決定に影響を与える可能性がある場合、その情報は「マテリアル」、すなわち重要性があるとみなされます。

この簡潔な説明は、マテリアリティが明確な概念ではなく、解釈の対象であることを概説しています。重要なのは、情報が何を意味するかだけではなく、ステークホルダーが誰であるかということです。投資家や資本家など、財務上の意思決定者だけなのでしょうか?それとも、従業員、サプライヤー、顧客、コミュニティなど、社会経済的な環境も含まれるのでしょうか?次の質問は、影響をどのように解釈しなければならないかです。影響とは、コストやコンプライアンスの観点で純粋に財務的なもの、言い換えれば、報告企業自身の価値創造なのでしょうか?それとも、経済、環境、人々へのインパクトという観点で捉えなければならないのでしょうか?インパクトを定義することから、マテリアリティの概念をめぐる混乱は始まるのです。

マテリアリティをめぐる混乱

マテリアリティの考え方には大きく分けて2つの方向性があり、それらを合わせて「ダブルマテリアリティ」という概念を作っています。

※GRIの図版をもとにYUIDEAで和文版を作成

最近、財務マテリアリティやインパクトマテリアリティという馴染みのある概念に加えて、「ダイナミックマテリアリティ」、「ネステッドマテリアリティ(nested materiality※1」、「拡張されたマテリアリティ(extended materiality)」、「コアマテリアリティ(core materiality※2」などの用語を、頻繁に目にします。これらは、財務マテリアリティとインパクトマテリアリティの間の橋渡しとなるべきものですが、マテリアリティの狂気を増しているに過ぎず、マテリアリティの概念の背景にある考えを不必要に複雑にしてしまっているのです。

それらの概念の中で、ダイナミックマテリアリティは最もよく耳にするものです。これは、「財務マテリアリティ」の優位性に基づいていますが、「Pre-financial information(プレ財務情報)※3」という考えによって拡張されています。サステナビリティ課題の中には、現時点では企業の財務的価値創造に直接的な金銭的影響を与えないが、中長期的には影響を与える可能性のあるものがあるということが出発点です。

一部の情報は静的ではなく動的であるとすることで、財務マテリアリティとインパクトマテリアリティの境界を曖昧にすることは、サステナビリティ開示に実体を与えるべき方法を複雑にしています。要するにダイナミックマテリアリティという概念は、企業価値にインパクトを与える事項(財務マテリアリティ)と、経済、環境、人々にインパクトを与える事項(インパクトマテリアリティ)について報告するという、ダブルマテリアリティの優先度を下げるものです。

実際には、組織が与えるインパクトは、時間の経過とともに財務的な重要性を帯びてくる、あるいは帯びることになります。これらのインパクトを理解しなければ、企業に影響を与える財務的に重要な問題の全体像を把握することはできません。GRIはこの活動をサポートしています。また、インパクト報告は、複数のステークホルダーに対する公益活動として、それ自体も非常に重要です。企業のインパクトは重要であり、たとえ企業や投資家が現在および将来において財務的に重要でないと考えていても、報告されなければなりません。

財務マテリアリティとインパクトマテリアリティを合わせて「ダブルマテリアリティ」という傘の下に位置付けることが、唯一適切なマテリアリティの形態です。一般情報開示とそれぞれの柱が対等な立場で扱われる、財務報告とサステナビリティ報告の二本柱においては、両方の視点が必要とされるのです。

マテリアリティと現在の企業報告を取り巻く環境

マテリアリティに関して異なるアプローチをとる、2つのサステナビリティ報告の開発が行われています。

  1. EUが作成中の欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)は、マルチステークホルダー(投資家を含む)向けのダブルマテリアリティに基づくものです。GRIと欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)が、その共同制作作業を主導しています。
  2. IFRS財団(新設されたISSBが担当)は、サステナビリティ関連財務情報の開示基準を起草中で、投資家のみを対象とした財務マテリアリティに基づく基準になる予定です。

GRIは、IFRSとEUのアプローチは、競合するものではなく、補完するものであると考えています。異なる基準は、異なる読み手のために異なる目的を持っています。投資家への情報提供のみを目的とした基準は、より広範なステークホルダーに情報を提供するインパクト基準とは、異なる概念に基づいて構築されています。GRIスタンダードは、マルチステークホルダー向けのインパクト報告に特化した唯一のグローバルスタンダードであり、ダブルマテリアリティに基づく報告環境を形成する上で不可欠な要素となっています。

そのため、GRIはEFRAGおよびISSBと協力し、投資家だけでなく他のステークホルダーの情報ニーズも網羅した、包括的でグローバルなサステナビリティ報告基準を構築する上で、重要な役割を担っています。一般情報開示とそれぞれの柱が対等な立場で扱われる、財務報告とサステナビリティ報告の二本柱をベースに企業報告システムを構築するのは、すべてのステークホルダーのためです。最終的な目標は、財務とインパクトの両方のマテリアリティの観点を支える、グローバル共通の一つの基準であるべきです。

GRIは、善意と協力があれば、両方のマテリアリティを適用するより良い報告を提供し、多くのステークホルダーの透明性のニーズを満たすという、二つの側面を迅速に進展させることができると確信しています。また、ステークホルダー資本主義の概念は、ダブルマテリアリティの概念に基づかない場合、全く意味を成しません。

GRIがお手伝いできること

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GRIは、すべての組織が無償かつ公共財であるGRIスタンダードを利用することを推奨しています。しかし、サステナビリティの報告は容易ではないことを踏まえ、報告組織が質の高い有意義な報告書を作成できるよう、さまざまな製品とサービスを提供しています。GRIコミュニティは、共有と学習のためのピアツーピア・プラットフォームを構築しています。また、GRIアカデミーを通じて、サステナビリティ報告に関する専門性の向上を促進するためのトレーニングカリキュラムを提供しています。

GRIからのお願い

GRIスタンダードは無料で使用できますが、決して安いものではありません。基準の作成と維持は、時間と資源を要する活動です。国際的な非営利団体であり、世界水準のサステナビリティ報告基準を開発・維持することによって、マルチステークホルダーの利益を反映させています。GRIが今後も良い仕事を続け、企業の持続可能性報告書の最先端を走り続けるためには、皆様のご支援が必要です。

GRIが世界で唯一の独立したグローバルなサステナビリティ報告の基準設定機関であることに賛同していただける方は、条件やその他のサービスに関するご相談を承りますので、お気軽にお問い合わせください。

2022/2/22 Global Reporting Initiative (GRI) 【原文はこちら

※1 nested materiality:CDP、CSSB、GRI、IIRC、SASBの5団体による発表の中で登場した概念。
※2 core materiality:SASBは業界ごとに異なるマテリアリティを設定しているが、共通するものもあり、それら共通部分のことを指す。る。GHG emissions, labor practices, and business ethicsなどがそれにあたる。
※3 プレ財務情報:通常非財務情報として扱われるが、中長期的には財務にも影響しうる、価値創造に直結する非財務情報。財務情報と非財務情報の中間くらいの位置にある。

The GRI Perspectiveとは

イメージ

  The GRI Perspectiveは、GRIが2022年1月にスタートした、サステナビリティ報告の世界で話題のテーマを掘り下げる定期連載シリーズです。日本企業でサステナビリティに従事する多くの方に同シリーズを読んでいただくため、YUIDEAはGRIから独自に翻訳許可を得て、CSRコミュニケートに掲載しております。